つぶやき 2010.08.15
想念と感情との一体で癌が治った

「想念と感情が一体になったときに願いは叶う」と言われますが、具体的にはどうすればいいでしょう



気持ちはでは思っていても、心の底(潜在意識)では、そう言っても現実は…。と考えているのです

であると、その潜在意識の通りに実現、つまり思っているのにならないじゃないかとなるのです

でも潜在意識の通りに実現しているのです。 



気持ち=潜在意識ではないのです    なんかわけの分からない話になってしまいました。



気持ちと潜在意識を一体にするにはどうすればいいのでしょう → 「ありがとう」を数多く言うことです



以下、ある本の紹介文を掲載します



-----------------------------------------------------------------—

(友人の闘病生活と死)



――私の会社での同期で、一番仲の良かったB君が、

私より4年遅れで小細胞癌になりました。



 大学病院の若い主治医から、

「今は小細胞癌にもよく効く薬があります」

 といわれたそうですが、私は、

「免疫力を高める治療を選びなさい。抗癌剤に殺されるよ」

 と、自ら免疫力アップを中心にした治療法で元気になった姿を彼の前に見せ、

説得しました。それにもかかわらず彼は首を縦に振りません。

そして、若い医師の言葉を信じ、現代医学一本の治療を選択しました。

それは、理論派で、

目に見えることしか信じなかった彼には仕方のない選択だったとは思います。



――しばらくして、病院のベッドに寝ている彼を見舞ったとき、

「俺も君と同じような治療を選択すれば良かった」

 と天井を見上げて、ひと言いったまま、ため息をついていました。

私には返すことばもなく、彼を説得できなかった自分の無力さを感じざるをえませんでした。



最後に病院に見舞ったとき、

「もう治療はしていないんだよ……」

 と放心したようにいった彼のことばを聞いたとき、

「もう治療はしてくれないんだよ」

 と私に訴えているように思えました。





(ウオーキング)



――朝早く、誰もいないウオーキングコースを

「癌が治ったよ。もう大丈夫だから、ありがとう」

 といいながら歩きます。

「ご迷惑をおかけしましたが、おかげさまで癌が治りました。



ありがとうございます」「ありがとう」



「ありがとう」

 というたびに、なぜか涙が溢れてきます。

 そうやってひとしきり、汗と涙を流して歩いていくと、

きらきら輝く東京湾が見えてきます。

何ともいえない爽やかな気持ちで、心が洗われるようです。





(「想念と感情が一体になったときに願いは叶う」)



――それは「想念と感情が一体になったときに願いは叶う」ということばでした。

「お世話になりました。お陰さまで癌が治りました。

ありがとうございました」

 といいながら歩いていると、皆から祝福されている自分の姿が目に浮かび、

本当に癌が治ったような気持ちになり、涙を流したのです。

 あれはどういうことだったのでしょうか。



 治したい、治りたいという想いはすなわち想念です。イメージ上とはいえ、

治ったことで喜びに涙している状況とは、すなわち涙は感情表現の最たるものです。



 まさにあれは、想念と感情が一体となった状況だったのです。

だから本に書いてあるように、希望が叶ったのだと理解できました。

わたしの場合は、瞑想によって想念と感情が一致したのではなく、

歩きながら、想いと行動とことばでその場を作り出したのです。

意識・行動・ことばの三位一体が不可能を可能にしたのだと納得できました。









著者の水津さんは、生活習慣病の検査で、「あなたは癌です」と宣告されました。

小細胞癌という肺癌です。人はこういう場合、どうするのでしょうか。



水津さんは現代医療ではなく、代替医療を選択しました。



(気管支の付け根を手術はできない)、以前から感じていた現代医療の癌療法(手術、

抗がん剤、放射線)への不信感、それに、肺がんについて勉強した上での選択でした。

子どもたち、妻、親、会社の上司や同僚、そしてやりのこした仕事のことを考えると、

どうしてもこのままへたばってしまうわけにはいかない。なんとしても生還したいと念じます。 



水津さんは、免疫力を上げるものならなんでも取り入れました。

漢方、鮫の軟骨、キノコ、かなり高価な健康食品。

さらに、睡眠療法、食事、入浴、ウオーキング、呼吸法など――

中には飲尿療法という、自分の一番絞りのおしっこを飲む療法まで試みました。



この決意の固めようが、まず凄いのです(昨今、医者任せ、あなた任せの人が多いらしく、

それではダメ、病は自分で治すものだ、医者や薬は、その援軍に過ぎない、と著者は強調します)。

まるで侍が戦場に赴くように、根性を入れなおし、肚を決め、病と向き合おうとしたのです。



しかし、全快後に知ったのですが、本当の決め手は、これらの療法だけではありませんでした。

癌になって初めて知った、この人生への感謝と感動――心の変化でした。

心のありようが、大きなパワーだったことに気がつきます。



どうしても治りたい、なんとか生還したい……(これが想念です)。 >



そのため彼は上記のようなあれこれを実行しましたが、とりわけ、早朝、近くの森を歩きました。

癌から無事に生還したことをイメージして、



「ありがとう。ありがとう。」





「ありがとうございます。お世話になりました。おかげさまで癌が治りました!」

と、完了形で、大声で、何度も何度も唱えました。すっかり治ったとイメージをして歩いていると、

本当に治ったような気がして、ボロボロと涙があふれてくるのです。



早朝の空気はきれいで、なんともすがすがしいのです。

忌まわしい癌なのに、なぜ、こんな晴れ晴れとした、清浄な気持ちになるのだろう? 

そうか、こんな気持ちにさせてくれたのは、癌のせいだ、癌のおかげだと気がつきました。

そのとき、「癌よ、ありがとう」と、お礼の言葉が、自然に口から出てきたのです……

lang=EN-US>(これが感情です)



やり手の、かなり傲慢だった第一線営業マンの心中に、こういう大きな変化がやってきました。

心も気持ちも大きく広がり、もう以前のゴーマン人間ではありません。

そしてふと、いつか読んだ無能唱元さんの

「想念と感情が一体になったとき、願いがかなう」という言葉がよみがえってきました。

え、想念? 感情? ああ、そうか、そうだったのか! 

これがそういう意味だったのかと、その言葉の本当の意味を理解します。



こうして著者は、想念と感情が一体になって、癌から無事生還したのです。

ちなみに著者のように、癌に感謝した人の70%は、無事に生還するという統計があるそうです。



いろいろある中で、キーワードは「ありがとう」でした。



「ありがとう」と感謝する……BR>

ずっと心の奥まで(ボロボロ涙が溢れてとまらないほどに)、その感謝をもっていく。



 潜在意識の奥の奥までその感謝が届いたときに、何か大きく変わるのでしょう。



考えてみると、「ありがとう」を唱えるといいことがある、と言う人はたくさんいます。

滋賀県の「ありがとうおじさん」、小林正観さんの「ありがとう」の薦め、

迫登茂子さんの「すべてにありがとう」、

無能唱元師の潜在意識、阿頼(あら) 耶識(やしき)からの願望達成の秘訣、

「ストン!」の藤川清美さん・酒井満さんが行っている潜在意識に訴える方法、

・G・ユングの共時性(シンクロニシティ)も関係がありそうです――これらは、ぜんぶ繋がりそうです。



著者がこのことに気づき、そうだったのかと小躍りする場面は圧巻です。理屈ではありません。

生還したいという命がけの想念が「ありがとう」という感情と一体になったとき、願いが叶ったのです。

著者はこのとき、なにかドでかいものの尻尾をつかんだのです。



想念と感情との合一。

それが、>(病であれ成功であれ)願いがかなう秘訣――命がけでつかんだ哲理でした。

著者は、昔とは一回りも二回りも違う人間になったようです。



うーん、これが本当なら、いま現に病で苦しんでいる友人達に伝えなければなりません。

しかしどうも本当らしい、凄いなあと思うのです。どうぞ、ご一読ください。



「癌よ、ありがとう」水津征洋著 風雲舎HPより

記事のシェアをお願いします

facebookページも更新中